ガラスの金魚



 

 むくんだ足がハイヒールにくい込む。

 毎日続く残業。同じ日々のくり返し。

 たまには飲みに行くこともある。

 友だちとショッピングもする。カルチャースクールのヨガは楽しい。

 でも、昨日と今日の私は何もかわらない。多分明日の私もかわらないのだろう。

 ただ、毎日が単調に過ぎていく。

 夏の蒸した空気が私をおおう。

 白いブラウスが汗ばんだ体にはりついた。早くシャワーを浴びたいと思った。

 チリン。

 どこかで風鈴の音が聞こえた。

 

 

 

 沙希はわくわくしながら家に向かって歩いている。

 いつもは重いランドセルもなんてことない。

 とにかく早く家に帰りたい。

沙希の町では年に一度、風鈴市がある。

 毎年、おばあちゃんに連れてってもらうのが楽しみだった。

 ところが、今年は沙希も小学生になった。友だちに、一緒に行こうと誘われた。

 おばあちゃんはちょっと悲しそうな顔をしたが、にっこり笑って

「いってらっしゃい」

 と言ってくれた。

 今日は友だちとの初めてのお出かけだ。

 

 

家に帰ると誰もいない。

 いつもは、いるはずのおばあちゃんも出かけていた。

 浴衣を着せてもらおうと思ったのに。

 沙希は箪笥を開ける。

 そこには、白地に真っ赤な金魚が泳いでいる小さな浴衣。

 そっと袖を通してみる。

 ひんやりと冷たい感触が心地よい。

 真っ赤な、ふわふわの帯をぐるぐる巻いていく。

 おばあちゃんにやってもらう時と同じだ。

 あとは固くしばるだけ。

 小さな手にぎゅっと力を込めた。

 金魚は引っぱる度に浴衣を泳ぐ。

 帯を締め終わった時には、金魚は沙希を泳いでいた。

 

 

 玄関の扉がそっと開く。

 ぽつんと沙希が立っている。

「沙希ちゃん、おかえり」

 おばあちゃんの優しい声。

「さきの浴衣おかしい?」

 沙希が聞く。

 帯は前で結ばれている。

 腕は袖ではなく、脇の身八つ口から出ている。

 肩は浴衣からはみ出し、金魚はみんなしわくちゃだった。

「あらあら、ちょっと金魚さんが曲がってるね」

「ちょっとじゃないもん。みんなに変って言われたもん」

沙希の顔がゆがんだ。

「おばあちゃんがいないからいけないんだ」

 沙希は泣きじゃくる。

「ごめんね。おばあちゃんが悪かったね」

 それでも沙希は泣き続ける。

 おばあちゃんは小さな箱を取り出した。

「沙希ちゃん、おばあちゃん、おみやげ買ってきたよ」

 箱を沙希に手渡した。

「こんなのいらない」

 小さな箱は床に向かって落ちていった。

 ガチャン

 静かにガラスの割れる音。

 沙希はたちまち泣きやんだ。

 あわてて箱を開ける。

 おっきな金魚とちっちゃな金魚が二匹、仲良く泳ぐ風鈴だった。

 

「沙希ちゃん、すいか食べようか」

 にこにこしながらおばあちゃんが言った。

 

 

 

 足は相変わらずむくんだままだ。ブラウスは、はりついている。

 私は部屋の窓を大きく開けた。

 涼しい風が部屋に流れこむ。

 よどんだアパートの空気はみるみる流れ出す。

 そして、受話器を手に取った。

「お母さん、私の浴衣ある?」

 

『風鈴の 音に誘われ 浴衣きる』