満月



 リングは今日も動かない。

 もう五日が過ぎていた。

 見つけた時と同じ場所に、同じ格好で丸まっている。

 だめかもしれない。

 健史に不安が広がる。

 暗いビルの隙間で健史はしゃがみこんだ。

 健史はリングに話しかける。

「どうして飲んでくれない。お前はまだ生まれたばかりじゃないか。
 これから美味しいもの食べて、自由に世の中を見て、
 たまには人間においかけられたりして・・・
 好きな猫ができて、子どもを作って、父親になって・・・頼むから飲んでくれよぉ」

 涙が溢れる。

 自分にこんなにも激しい感情があることに驚く。

 リングが健史を見た。

 その目には出会った時と同じ光があった。

 体の確認をしながら立ち上がる。

 そっとそっと動き出す。

 ミルクの入った皿に鼻をつけた。

 ピチャ。

 ピチャ、ピチャ。

 声も出ない。

 田久保先生の本の一節が繰り返される。

『動物の自己治癒能力にかなう薬はありません。彼らは生きるために必死なんです』

 嬉しい。

 他の感情はない。

 純粋に喜びだけがあった。

 あっという間に空の皿が残った。

 初めてリングに手を伸ばす。

 健史は一度もリングを触らなかった。

 死への恐怖で触ることができなかった。

 リングはおとなしく座っている。

 暖かかった。

「ニャー」

 健史は泣きながら、笑顔でおかわりを皿に注いだ。




 
次へ