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 りえはつまらなそうに、教室の窓から校庭を見ている。
 教室では秋の運動会について話し合っていた。今年は小学校生活最後の運動会なので、みんな今までにないくらいに盛り上がっていた。
 いつもなら僕もその輪の中心にいるはずだ。しかし、体育の時間の森田先生の態度がどうしても納得できなかった。いつもは冗談ばかり言っている先生のあんな真剣な顔を僕は見たことがない。女のくせに、ジャージで僕たちと一緒に駆け回っている。そんな友達のような森田先生は生徒からも人気があった。
 けれど、さっきの先生はとても怖かった。僕たちとは違った世界の人間に見えた。
 僕は同じ顔を見たことがある。
 まだ幼稚園だった頃、母親の手を振りほどいて道路に飛び出した。車がクラクションを鳴らして、すぐそばを通り抜けた。足がすくんで動けなかった。母さんが飛んできて、僕はすごい勢いで頬を叩かれた。そして、母さんはぼろぼろと涙をこぼした。あの時泣き出す前の母さんの顔と先生の顔は同じだった。
「では、最後に応援団を選びたいと思います」
 学級委員の張り切った声がする。
 相変わらず彼女は校庭を眺めていた。さっきのことがあってから、ずっと口を開いてはいない。みんなもどう扱うべきかわからないようだ。暗黙のうちに全員参加のフォークダンス以外は彼女を選ばないようにしていた。
「岩城さんがいいと思います」 
 気がついたときには、口が先に動いていた。運動会好きの僕は当然、応援団にも参加していた。それも、応援団長だった。彼女にも運動会に参加してほしい。そう思ったときには、りえを推薦していた。
 何とも言いようのない空気が教室中に広がる。
「私、やります」
 りえの澄んだ声が沈黙をやぶった。
 先生が何かを言おうとする。
「お願いだからやらせて下さい」
 彼女は静止するかのように言った。そこには何物も抗うことのできない強い意志があった。
 先生はしばらく彼女を見つめていたが、やがてゆっくりと答えた。
「わかったわ。がんばってね」
 彼女の顔に満面の笑みが広がる。
「はい」
 それと同時に教室の重苦しい空気は吹き飛んだ。
 りえは僕を見て顔をくしゃくしゃにして笑った。 

 帰り道、僕は有頂天になっていた。沈んでいたりえの顔がぱっと華やいだことが嬉しかった。そして、自分が彼女をそんな表情にしたことが何よりも誇らしかった。
 応援団に決まった後のりえは別人のようだった。放課後に全学年の合同練習があった。一年生から六年生までが集まって応援方法や団長を決める。これが大騒ぎになる。一年生なんかはまだ幼稚園とかわらない。話は聞かない。突然走り出す。泣き出す。けんか。もう収拾がつかない。それにつられて全体がまとまらなくなる。去年の六年生も困り果てていた。五年生だった僕も騒ぎ倒していた・・・。
 けれど、りえはこの無法地帯をまとめあげた。時には厳しく、時には優しくなだめて、話を進めていった。気がつけば全員がりえの話におとなしく耳をかたむけていた。
「応援団長はりえちゃんがいいと思います」
 一年生の女の子が言った。女子の応援団長なんて聞いたことがない。僕は六年間で一度も見たことがない。しかし、僕にもりえが一番ふさわしいと思えた。
「でも私、女だし・・・」
 困ったように言う。
「別に関係ないじゃん。女子がやっちゃいけないなんて決まりないんだし」
「そうかなぁ」
「僕も岩城さんが団長がいいと思います」
 この一言でみんなが一斉に賛成した。
「わかりました。じゃあ、私が応援団長でがんばります」
 少し照れながら彼女は言った。
 実を言うと僕は応援団長になりたかった。一年生からずっと応援団をやってきて、六年生は団長になるぞと思っていたのだ。だが、このことを思い出したのは家に帰りついてからだった。思い出してからもそんなことはどうでも良くなっていた。僕の頭をりえの顔がぐるぐる回った。


 
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