|
僕たち応援団は一つになった。応援はみるみる決まっていった。放課後の練習をさぼる人は誰もいない。みんなが進んで練習に参加していた。りえの澄んだ声は決して大きくはないが、校庭中に響く。僕は歌を聞くかのように聞き入ってしまうことがあるくらいだ。 今日も校庭で練習していた。みんなが応援の動きを合わせている時だった。りえは一年生に指導していた。 「あいつ、女のくせに応援団長だって。おかしいんじゃねえの」 隣りのクラスで有名な不良だ。小学生で不良なんて大げさだと思うかもしれないが、ケンカや万引きで何度も補導されている。一斉に緊張した空気が流れる。みんなの動きが止まった。黙って下を向いた。 その中で一人だけ何事もないかのように話続けているりえがいた。どこにも無理はなく、自然な姿で彼女は指導を続けていた。 「てめえだよ。無視してんじゃねえよ」 やつはりえにからんだ。しかし、その声は反応もなく響いただけだった。 僕は彼女を助けたい。けれど、体がすくんで動けない。怖くて膝が震えている。今まで人を殴ったことなんか一度もない。小さい頃にケンカの真似事のようなことはあった。それとは話が違う。こいつは警察に捕まるようなやつだ。 「やめろよ。女のくせに生意気なんだよ。応援団長なんてやめろって、言ってんだよ」 それでも、彼女は相手にしなかった。黙々と一年生に話しかけている。一年生は怖くて下を向いていた。 「だいたい、おまえ体育できねえんだろ。運動もできねえようなやつが応援団長なんて笑っちまう。走ることもできないなんて、障害者じゃねえか。普通じゃない人間はすみっこにいればいいんだよ!」 初めて彼女が顔を上げる。僕の頭には彼女の泣き顔が浮かんだ。見たくはなかった。自分の弱さに腹が立つ。 だが、りえは泣いてはいなかった。にこにこと笑っていた。いや、笑った顔の形をしていた。すべての神経を顔に集中して悲しみを隠していた。目じりはぴくぴくと痙攣していた。 僕はこのときまで人間のこんなに悲しい表情を見たことがない。僕の中で何かが弾けとんだ。ここで何もしなかったら、死んだほうがいい。僕は汚いものにはなりたくはない。りえを守りたいなんてかっこいいものではない。ただ、体を止めることはできなかった。僕はやつに飛び掛っていった。
初めてケンカをする僕がやつに勝てるはずもない。・・・あっさりやられた。やつのこぶしが顔にあたった瞬間、鼻の中で、きな臭い匂いがした。喉に血が流れてくるのがわかる。それでも、むかっていった。めちゃくちゃに腕を振りながら、突っ込んだ。 けれど・・・だめだった。何度も何度も立ち上がり、むかっていく。その度に地面に倒れた。みんな、呆然と見ていた。彼女も見ていた。 もう立つ力もなかった。さすがにやつも疲れていた。 「何そんなにムキになってんだよ。馬鹿じゃねえの」 すてゼリフを言うと、肩で息をしながらその場を離れていった。 僕は大の字になって校庭に倒れている。なんだ、ケンカなんてたいしたことないじゃないか。殴られたってそんなに痛くない。鼻血が出たってだからどうしたという感じだ。 けれど、目を開けるのは怖かった。自分がどうなっているのか確認したくなかった。 みんなが駆け寄ってくるのが足音でわかる。顔の前に人の気配を感じる。そっと、目を開いてみた。そこにはりえの顔があった。黙って僕を見ている。 「僕の負けかなあ」 笑ってたずねた。
彼女は笑いながら、首をぶんぶん振った。
次へ
|