祖父の手帳



 私は祖母の意外な言葉に驚いた。

 あの祖父が祖母のために本を読む。

 そんなことは想像もつかない。

 「何日かしてからだったかしら。あの人偉そうに言うのよ。

 『わしも話の一つくらいできる』

 そして、後にも先にも一回だけ、私にお話をしてくれたわ。

 その時おばあちゃん思ったのよ。

 この人、可愛いいなってね」

 話し終わると、祖母は思い出すように宙を見た。

 艶っぽい女性の顔だった。

 私は情けない気持ちでいっぱいになる。

 祖母は幸福だったのだ。

 女性として祖父の愛情を受け取っていた。

 「おばあちゃん、それどんな話だったの」

 心から聞きたいと思った。

 祖父を知りたいと思ったのは初めてのことだ。

 浅はかな自分への戒めにしたかった。

 祖母は静かな声で、ゆっくりと話し始めた。

 「森の中でね、一人で暮らしている男がいたんだよ。彼は一人が好きでね」

 私は思わず口をはさむ。

 「人間が作った音は何もしない」

 「あら、よく知ってるわね」

 「だって、僕小さい時に、その話何度も聞いたよ」

 祖母は大笑いする。

 「そうなの。しかし、あの人もねえ。子どもに話したって面白くもなんともない話なのにね。

  それしか知らないもんだから」

 そこまで言うと祖母が言葉につまった。

 「それしか知らないから・・・不器用で馬鹿な人だったよ」

 しわの刻まれた祖母の目から涙がぽとりとこぼれる。

 祖母の側をそっと離れた。


 私は誤解していた。

 祖父は照れ屋のやさしい人間だった。

 自分の幼さに腹が立つ。

 祖父を知ろうともしなかった。

 悪意に近い感情さえ持っていた。

 祖父と話がしたい。祖父に謝りたかった。

 私は祖父の手帳を読むことを決心する。

 良くないことなのはわかっている。

 それでも、本当の姿を知りたかった。

 今、手帳を読まなければ一生後悔するだろう。

 丁寧に風呂敷をほどく。

 そして、一番新しい黒い手帳をゆっくりと開いた。


 
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